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東京地方裁判所 昭和60年(ワ)1636号 判決

原告

高橋猛

右訴訟代理人弁護士

久保田昭夫

有正二朗

被告

川浪静吉

右訴訟代理人弁護士

川浪満和

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、金一四五三万円及び内金一三〇三万円に対する昭和六〇年三月一三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  第一項につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  被告は司法書士の登録をし、東京都板橋区常盤台四丁目二一番四号において司法書士の業務を行つている者である。

2  原告は、昭和五七年四月一八日、アイ建設株式会社(以下アイ建設という。)との間で、東京都板橋区前野町一の八の五所在の宅地八二・五平方メートルの土地と同土地上の二階建の居宅兼工場の新築建物を代金三八〇〇万円で購入する土地付建物売買契約(以下本件売買契約という。)を締結した。

右契約の内容として、原告が所有し現に居住する別紙物件目録記載の各不動産(以下本件不動産という。)を二〇〇〇万円で下取りすることになつており、その下取りによる名義変更は、原告がアイ建設から購入する前記新築建物が完成しそこに入居できてから行う約束であつた。

なお、アイ建設は土地建物の売買、仲介等を業とする株式会社であり、昭和五七年六月末に不渡手形を出し事実上倒産し、本件売買契約は、同年七月二一日債務不履行を理由に解除された。

3  アイ建設は、昭和五七年五月一一日、「原告が右契約を確実に履行してもらい、ぐらつかないためにも権利証を貸しておいて欲しい、決して売るようなことはしないから。」と申し向け、その旨原告を信じさせて本件不動産の登記済証を交付させた。

さらに、昭和五七年六月一〇日には本件不動産の所有権移転登記手続をし、根抵当権を設定する意図を隠し、「翌日から仕事を始めます。ついては、工場設置の認可申請をする必要があるので印鑑証明書と委任状を欲しい。」と申し向けその旨信じさせて、印鑑証明書と白紙委任状各一通を原告から交付させた。

4  アイ建設は、右のようにして原告を信じこませて交付させた書類を利用して昭和五七年六月一六日、ほしいままにこれを被告に一括交付し同月一一日付売買を原因として、本件不動産の所有名義をアイ建設に移転する所有権移転登記申請手続を被告に委任してその旨の登記申請書類を作成させて登記申請手続を行わしめ、さらには同日太陽信用金庫(以下金庫という。)との間でアイ建設を債務者とする極度額二二〇〇万円の根抵当権設定登記申請手続を行わしめた(以下合せて本件登記申請手続という。)。

5  原告は、アイ建設が新築建物完成後、本件不動産の所有名義を移転するとの約束を破り、基礎のコンクリートの打設が終つたにすぎないのに、前述のように原告から騙取した委任状等を利用して所有名義の移転のみならず根抵当権を設定しているのに気付き、昭和五七年七月五日アイ建設を相手に処分禁止の仮処分を申請し翌六日に命令を得た。

昭和五七年七月二一日、原告は前記のとおり債務不履行により本件売買契約を解除し、その後抵当権者や差押をしている東京都及び大蔵省と交渉したがらちがあかないため、昭和五九年一月二四日、所有権移転登記抹消登記請求訴訟を起こし、同年四月一三日判決を得た。

その結果、差押登記は抹消できたが、根抵当権は処分禁止の仮処分の登記以前に設定登記がなされているため存続し、それを抹消するために昭和五九年八月八日根抵当権者に被担保債権の残額金一三〇三万円をアイ建設に代わつて弁済せざるを得なかつた。

アイ建設に対して求償権を取得したものの、アイ建設は既に倒産しており、アイ建設から支払いを受けることは全く期待できず、同額の損害を受けた。

また、前記処分禁止の仮処分事件及び所有権移転登記抹消登記請求事件を本件における原告代理人らに依頼し、その弁護士費用として金一五〇万円の支出を余儀なくされ同額の損害を受けた。

6  被告は原告の代理人として白紙委任状に原告の住所氏名及び委任事項、受任者氏名を記入した上前記4記載のとおり本件登記申請手続を行つたものであるが、原告は、被告に本件登記申請手続を委任したことはなく、本件登記申請手続の際被告が使用した登記済証・白紙委任状・印鑑証明書等は前述のようにアイ建設から騙取されたものである。

ところで、司法書士は、その職務を行うにつき、委任者が登記手続を真に委任する意思を有しているか否かを確認すべき職務上の注意義務を負つている。

昭和五三年法八二により改正され同五四年一月一日から施行された司法書士法一条は「この法律は、司法書士の制度を定め、その業務の適正を図ることにより、登記、供託及び訴訟等に関する手続の円滑な実施に資し、もつて国民の権利の保全に寄与することを目的とする。」と定め、旧法にはなかつた「もつて国民の権利の保全に寄与することを目的とする。」との司法書士制度の目的が新らたに加えられた。

これは、従前の、不備のない書類を作成することが主要任務とされていた職務内容から一歩踏み出し、実体上の内心の意思内容について関与すべきでないことは当然のことであるが、手続上の意思についてはその存否を含め注意を払うべき義務を明確にしたものである。

物権の得喪という重大な結果が発生する不動産登記申請手続を代理する以上、実体的権利関係を移動する真意の確認をする注意義務はないとしても、登記申請手続を委任する意思の有無の確認は当然のことであり、この意思の確認は多くの場合は委任者と面談して受任する過程で容易になし得るし、第三者を介して受任する場合でも、電話による確認で容易になしうるところであるから、右注意義務を課しても過大な負担となるものではない。

東京高裁昭和四七年一二月二一日判決(高民二五―六―四三四)によれば、旧法時代においても、登記義務者の代理人と称する者の依頼による場合には、依頼者の言動により代理権の存否に疑のある場合には本人に代理権授与の事実を確認すべき注意義務があるとされている。

ところで本件をみると、被告が金庫で受領した必要書類に不備がなかつたとしても、その場には登記義務者である原告はもちろん原告の代理人も立会つていなかつたのであるから、被告は当然そのことに留意し、原告の意思を確認すべきであつた。金融機関での取引の立会の場合、登記に要する書類をチェックし、その場で代金等の授受が行われるのが一般的であり、登記義務者が立会つているのが通常なのであるからなおさらである。

それを被告は金融機関における立会であるとの一事をもつて、漫然と処理し、登記義務者である原告及びその代理人が不在であることを看過し、かかる場合に当然もつべき委任の意思への疑いを持たず、その意思の確認の注意義務を怠つたものである。

つまり、被告には司法書士としての職務上の注意義務を怠つた過失があり、その結果原告は前記5記載のとおり合計一四五三万円の損害を受けたものである。

よつて、原告は被告に対し、民法七〇九条により金一四五三万円の損害賠償債務の履行と内金一三〇三万円に対する本訴状送達の日の翌日である昭和六〇年三月一三日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する答弁

1  請求原因1は認める。

2  同2中、アイ建設が倒産したことは認めるが、その余は不知。

3  同3中、原告がアイ建設に本件登記申請手続に必要な登記済証、印鑑証明書、委任状等の書類を交付したことは認めるが、その余は不知。

4  同4は認める。但し、アイ建設と原告との関係については不知。

なお、被告は、本件登記申請手続の前提として、原告を登記権利者とする原告の株式会社第一勧業銀行(以下第一勧銀という。)に対する根抵当権設定登記の抹消登記申請手続もした。

5  同5は不知。

6  同6中、被告が本件登記申請手続をしたことは認めるが、アイ建設と原告との関係については不知、その余は争う。

(被告の主張)

(一) 司法書士には、昭和五三年の司法書士法改正の前後を問わず、本人の登記意思の存否について確認する職務上の注意義務があるとするのは、当然視されてきたものと思われる。この点の原告主張には錯覚があるように見受けられる。

ところで本人の登記意思の確認方法として、司法書士は、本人に対して右意思を確認する必要があるかにつき、依頼者の言動、書類の関係より、本人からその代理権授与の存否等につき、疑問を抱かせるような特段の事情のない限り確認する義務はないとするのが判例の確立した見解と言える。

(二) 司法書士の職務執行上の注意義務を考える上で考慮しなければならないことは、司法書士は一応内容が備つておれば登記手続の受諾を拒否する権限がないこと、さらに迅速なる登記手続の要請があることである。

司法書士法八条は「司法書士は、正当な事由がある場合でなければ嘱託を拒むことができない。」と規定されており、それは双方代理の場合ももちろんであり、実務上は双方代理がほとんどであるところから、司法書士としては双方からの依頼を受けなければならぬ法律上の義務がある。

また、登記は実体上の権利に対抗力を付与するのが目的であり、実体上の権利の優劣が登記の順位によつて決まるために権利者のためには登記は迅速に申請されなければならぬ面がある。そこで司法書士には、司法書士法施行規則二二条東京司法書士会会則八条、旧司法書士法施行規則一二条にみられるように受託事務を迅速に処理する義務があり、この義務を怠つたために嘱託人に損害を与えたときは、損害賠償による民事責任及び懲戒による行政上の責任を問われかねないものである。

緊急を要する登記申請の場合に登記義務者に連絡がとれない場合は実に多いものである。その時司法書士は、本人に対して登記意思の確認等のために時間をかけることが職務上の注意義務を尽したことになると言えるだろうか。なお報酬額がほぼ一定であることも参考になると思われる。その調和点として前記(一)記載のとおり特段の事情がない限り、本人に対して登記意思の確認の必要性はないとの判例が確立されたものと思われる。

(三) ところで原告の本件登記意思をみるに、登記権利者との間で登記意思の不存在、錯誤による登記無効を主張し得ない事情にあつたものであり、詐欺による意思表示として取消しても善意の登記権利者に対抗し得なかつたものである。

そもそも不動産については、真実の実体上の権利者の関与又はその意思に基づかぬ、実体法上の権利関係と符合しない登記がなされたとしても、その不実登記は無効であり、その第三者は権利取得を主張し得ないものである。ただ例外的に当該登記の作出について真実の権利者の側に権利喪失の不利益を課されても止むを得ないとする事情(帰責事由)が存する場合には権利者も権利喪失の不利益を課せられるものとされる。

原告は、本件登記に関して、アイ建設に欺罔されて錯誤を生じているがその錯誤は法律行為の要素にあつたものではなく、内心の効果意思決定の動機に存するだけで、表示の内容としては現われていないものである。

司法書士としては、かかる原告の効果意思決定の動機に立入つてまで確認すべき職務上の注意義務はない。原告の主張は、自己の責任を全て被告に転嫁してのものである。

(四) 被告は、原告の登記意思を以下の事情からして十分な確かさをもつて推認し、確信したものである。

(1) 委任状、印鑑証明書、権利書(登記済書のこと)等登記に必要な書類が完備していたこと。司法書士の実務上、委任状については実印のみが押捺された白紙委任状が多く利用されており、また義務者が立会わない場合も多い。

(2) 金融機関が登記権利者となり、登記義務者となつていたこと、金融機関が登記権利者となる時は、登記義務者の意思が存しないことで無効登記となることを虞れ、当然のこととして十分なる調査確認をなすものである。また金融機関が登記義務者の場合にも右権利者となる時同様慎重に確認をとるものである。

(五) なお被告は、原告の登記意思につき、疑いをもつべき特段の事情があるとみたからでは決してなく、被告の生来の石橋をたたいて渡るという慎重な性格と年令の関係等からして、念には念をとの気持により、登記手続前に原告宅に電話を入れている。原告は不在とのことだつたので電話口に出た原告の妻と思われる女性に軽く「不動産を売るとの話は知つていますか」と尋ねたところ「知つている」とのことであつた。

以上いずれにしても被告には、本件登記手続をなすにつき、職務上の注意義務を怠つた過失はなく、原告の損害との間に因果関係もないものであり、原告の主張は失当である。

第三  証拠〈省略〉

理由

一原告とアイ建設との関係について

1  原告がアイ建設に本件登記申請手続に必要な登記済証、印鑑証明書、委任状等の書類を交付したこと、アイ建設は原告から交付を受けた右書類を昭和五七年六月一六日、被告に一括交付し、同月一一日付売買を原因として本件不動産の所有名義をアイ建設に移転する所有権移転登記申請手続を被告に委任し、被告をしてその旨の登記申請書類を作成させ、右登記申請手続を行わしめ、かつ、本件不動産につき、アイ建設を債務者とする極度額二二〇〇万円の金庫に対する根抵当権設定登記申請手続も行わしめたこと、アイ建設はその後倒産したこと、以上の事実は当事者間に争いがない。

2  1の争いのない事実に、〈証拠〉を総合すること、請求原因2ないし5の事実を認めることができ(但し、書類の交付日は昭和五七年六月一一日)、右認定を覆すに足りる証拠はない。

二被告が本件登記手続を行つた経緯について

1  請求原因1の事実(被告が司法書士であることなど)は当事者間に争いがない。

2  〈証拠〉を総合すると、次の事実が認められる。

(一)  被告は、昭和五七年六月九日、アイ建設から、本件登記申請手続を依頼され(但し、この時点ではまだ登記手続に必要な書類の交付は受けなかつた)、翌一〇日本件不動産の登記簿を閲覧し、翌一一日、アイ建設と金庫との取引に立会い、本件登記申請手続に必要な書類の交付を受けた。

(二)  右取引の際立会つたのは、被告のほかにはアイ建設の専務及び金庫板橋支店の貸付係長だけであつた。被告がそのときアイ建設及び金庫から依頼されたのは、本件不動産のうち、別紙物件目録記載(一)の家屋及び同(二)1の土地につき、① 昭和五七年六月一一日売買を原因とする原告からアイ建設への所有権移転登記申請手続、② 右同日解除を原因とする第一勧銀の根抵当権設定登記(債務者原告)の抹消登記申請手続、③ 右同日設定を原因とする金庫を根抵当権者、アイ建設を債務者とする根抵当権設定登記申請手続、④ 右同日設定を原因とする金庫を権利者とする条件付賃借権設定仮登記申請手続、の四つの登記申請手続を行い、本件不動産のうち、別紙物件目録記載(二)3の土地につき、右①、③、④の三つの登記申請手続を行い、本件不動産のうち、別紙物件目録記載(二)2の土地につき、右①、②、③の三つの登記申請手続を行う(但し、いずれも原告の共有持分について)ことであつたが、原告も、第一勧銀も立会つていなかつた。

(三)  右取引の際、被告がアイ建設及び金庫から受け取つたのは、  本件不動産の登記済証(権利証)、  (二)①の登記申請についての原告(乙第一二号証)及びアイ建設(乙第一四号証)の各委任状並びに昭和五七年六月五日付の原告の印鑑登録証明書(乙第一三号証)、  (二)②の登記申請についての第一勧銀の委任状(乙第一一号証。権利者として、原告の署名・押印が付されている。)、  (二)③、④の登記申請についてのアイ建設(乙第一五号証)及び金庫(乙第一六号証)の各委任状並びに原因証書、  原告の住民票及びアイ建設・第一勧銀・金庫の各資格証明書、印鑑登録証明書

(四)  (三)の原告の委任状(乙第一二号証)には、氏名欄に原告の印鑑が押してあるだけ(この印鑑は原告自身が押したものであることは、原告も認めている。)で、不動文字以外は空欄となつていたが、被告は、右印影が原告の印鑑登録証明書(乙第一三号証)の印影と一致することを確認し、原告の氏名の記入も含めて、右委任状の空欄に必要事項を全て記入した。アイ建設の委任状(乙第一四号証)についても、記名・押印部分以外は全て被告が記入した。(三)の第一勧銀の委任状(乙第一一号証)には、権利者として原告の住所・氏名が記載され、原告の印鑑が押されていたが、右印影も原告の印鑑登録証明書の印影と一致した(右記名・押印は原告自身がなしたものであることは、原告も認めている)ので、被告は右委任状の空欄にも必要事項を全て記入した。(三)のアイ建設、金庫の各委任状(乙第一五、第一六号証)についても、記名・押印部分以外は全て被告が記入した。

(五)  被告は、アイ建設及び金庫から(三)記載の各書類を受け取ると、その日のうちに(二)①ないし④の登記申請に必要な書類を作成し、翌六月一二日には東京法務局板橋出張所に登記申請したが、(二)②の根抵当権は、合併前の株式会社第一銀行が設定し、その後株式会社第一銀行が合併して第一勧銀となつたために、第一勧銀に移転したものであつたところ、その関係の書類が欠落していたため、(二)②の根抵当権設定登記の抹消登記手続ができないことが判明し、被告は同月一五日、全ての登記申請を取り下げ、翌一六日、必要書類を補充して改めて(二)①ないし④の登記申請を行い、その結果、本件登記がなされた。

以上の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

三被告の責任について

原告は、被告は原告に対して登記申請意思を確認すべき義務があつたのにこれを怠つた過失がある旨主張するので、これを検討する。

1 司法書士は、登記権利者、登記義務者を代理して登記申請をすることをその業務とするものであり、その業務執行にあたつては、不動産登記制度に対する国民の信頼を維持すべく、虚偽の登記の防止に心掛けるべき義務を有することは、司法書士法一条、一条の二の規定からも明らかである。従つて、司法書士としては、本人に登記申請の意思がないのに登記申請手続がとられることのないよう、十分な注意を払わなければならず、本人からの直接の委任ではなく、代理人を通しての委任の場合は、その代理人の言動や提出された必要書類に注意し、その結果本人の登記申請意思に疑いを生じたときは、本人に対して登記申請意思を確認すべき義務を有するものというべきである。しかし、代理人を通しての委任の場合に、原告主張のように、登記申請意思に疑いが生じるようなときでなくても常に本人に登記意思を確認すべき義務があるとは解することができない。右のように解することは、それだけでは権利の得喪を生じないという意味で、法律行為の代理よりもより緩やかに求められてしかるべき登記申請手続の代理に大きな制約を課す結果になるうえ、登記手続の迅速性の要請にも反する結果となり、かえつて、国民の権利の保全に欠けることになるからである。

2 そこで、本件について、代理人の言動や提出された必要書類から本人の登記申請意思に疑いを生じるような事情が存在したか否かについて検討すると、本件登記申請手続については、前記認定のとおり、  確かに、原告の委任状等必要書類は、二2(二)①の登記の登記権利者であるアイ建設が持参したもの(アイ建設が原告の代理人として被告に交付したもの)ではあるが、原告に関する限り、登記申請に必要な全ての書類がそろつており、右書類の中には本件不動産全部の登記済証が含まれていたうえ、二2(三)の原告の委任状には、原告の印鑑登録証明書の印影と一致した原告の押印(原告自身が押印したもの)があつたこと、  原告は、二2(二)①の登記については登記義務者であるが、二2(二)②の登記については登記権利者であつて、二2(三)の第一勧銀の委任状には、権利者として原告の署名・押印があつたこと、  アイ建設は、原告が登記権利者である右二2(二)②の登記についても、原告及び登記義務者である第一勧銀の代理人として必要書類を被告に交付したものであること、  被告は本件登記申請手続をアイ建設だけでなく、金融機関である金庫からも委任されたものであること、以上の事実が存在し、このような事実の下で被告が原告に登記申請意思ありと信じ、直接原告に対して登記申請意思の確認をしなかつたとしても何ら責めらるべき点は存しないものというべきである。そして、右のような事実の存在にもかかわらず、原告の本件登記申請意思に疑いを生じさせるような事情の存在は、本件全証拠によるもこれを認めることができない。

従つて、原告の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。

なお、被告から原告方に対する登記申請意思確認の電話について付言すると、右の点については、被告本人の供述と証人高橋弘子の証言が対立しており、そのどちらを措信するかについては、確認義務の認められない本件においては、判断の必要がないものであるが、仮に被告が供述するように原告の妻に対して「アイ建設に家を手放されたということは御承知ですか。」と尋ねたとしても、前記一で認定したとおり、その当時原告とアイ建設との間に本件不動産の売買契約が存在したことは事実であるから、「はい」という答えになり、登記申請意思についての確認としてはその目的を達しなかつたと考えられる。このことは、被告主張の意思確認の文言が不十分であるということよりもむしろ、登記の時期だけの食い違いという原告の事情が、電話による意思確認という方法では明らかにしにくいことを示すもので、この点からも、被告に対して責任を追求するのは当を得ないものといわなければならない。

四結 論

よつて、原告の本訴請求は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官福田剛久)

別紙物件目録

(一) 家 屋

所  在 東京都板橋区相生町壱九九弐番地壱壱

家屋番号 壱九九弐番壱壱の壱

種  類 居 宅

構  造 木造亜鉛メッキ鋼板瓦交葺弐階建

床面積 壱階 弐壱・四八平方メートル

弐階 壱六・五弐平方メートル

(二) 土 地

1 所在 板橋区相生町

地番 壱九九弐番壱壱

地目 宅 地

地積 参四・参六平方メートル

2 所在 板橋区相生町

地番 壱九九弐番壱

地目 公衆用道路

地積 壱四〇平方メートル

の共有持分壱四〇弐七分の七五五

3 所在 板橋区相生町

地番 壱九九七番六

地目 宅 地

地積 壱参・九七平方メートル

以 上

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